月の無い砂漠。

フットストンプ

2007年10月08日 14:19



コンビニ店員刺殺の19歳工員。「ナイフがあれば何とかなる。」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071008-00000401-yom-soci
(読売新聞)

「ナイフがあればなんとかなる…。」
そんな馬鹿げた妄想でしかない万能感に背凭れては強がって見せる少年の心の中の風景って、一体どんな感じなんだろう?
過去・未来、そしてその中間点である現在という場所に立って、人間は色々と世界に想いをはせ、時間の川を上り、歴史を築いてゆく動物である筈だが、彼にはそういった概念も何も無く、只ひたすら貧しいイマジネーションの墓場で、「禁じられた遊び」を無邪気に楽しむしかなかったんだろう…。

しかしなんで、こんな衝動的で、刹那的なチンピラ・モンスターが後を絶たずに湧いて出てくるのだろう?
有識者・文化人の類いの方々が、また様々な角度から、犯人の心の闇を解析して得意満面一席ぶってくれる事だろうが(ゲームが悪い、ビデオ/DVDが悪い、ネットが悪い、悪書追放!なんてね。)何かもう辟易…。

金だわ、金。金が大人も子供も含めて、皆を狂わせているのよ。
金が持つ魔法に皆引き摺られて、良いも悪いも糞食らえ、金さえあれば天下泰平、我が世の春と謳歌も出来れば、あいつもこいつもそいつも全部、俺(私)の目の前平伏す筈だと、甘美な麻薬か、はたまた宗教のように、とりつかれているからに違いない。

で、そこへ持ってきての小泉改革路線。
加速度的に勝ち組/負け組の境界がはっきりしてきて、富める者は更に富み、貧しきものは更に貧しくといった救いの無い社会的「住み分け」の構図が出来てしまった。

人々は夜も日も明けずにマネー・マネー・マネー!
頭の中はお金で一杯。
他の事など考えている暇は無いわな~。
文学も芸術も音楽も他人のことも…。何もかも完敗!

昔、円谷プロの「ウルトラQ」に、銭に卑しい少年がカネゴンという化け物に姿を変える、まるでカフカの変身のような物語があったけど、いってみれば今の日本人は一億総カネゴン状態といっても過言で無かろう。

過度に行き過ぎた金満JAPANに、処方する薬など最早なし。
総てにおいて、貧しき者がナイフを手にするそんな時代が悔しくも悲しいけれど遠からずやってくるような気がする。

どんな理由にせよ、罪もない店員を刺殺した馬鹿野郎は厳しく断罪されるべきだが、でもその背後にある闇を忘れてはいけないし、此れを何とかしなければ此の国、此の社会は崩壊の一途を辿るのではと思ってしまうのだが…。

どう?

杞憂?